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ゆるく、ゆるーくありたいものです

金沢

  • 2021年10月19日
コロナの感染者数が下降してきたタイミングだったので金沢に行ってきた。

久しぶりの旅。

兼六園

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21世紀美術館

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茶屋街

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などを巡ったのだけど、メインは海鮮。

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量・質ともに大満足の海鮮を立て続けに食べた。
うまい。ひたすらにうまかった。
もうこの街はごちそうのイメージしかない。
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  • 13:30 |

ヒーロードラマ

  • 2021年08月02日
「イノベーション教育」という言葉を見ると、違和感を感じてしまうところがある。
そもそもイノベーターなんてジャンルの人間がまともにカリキュラムを受講すると思っていない。
「雨が降ったら仕事しねー」くらいマイペース野郎、ともすればなんかしらの病理を抱えているくらいの突然変異種だと思っている。

数年前、メタンハイドレードの採掘に国が血道を上げていた時に「それくらい追い込まれてるんだなこの国」という感覚を覚えた。イノベーター教育を国も民間も求めている昨今は、イノベーターが現れて、GAFAやBATHに次ぐような企業を国内に作ってくれる。そんなヒーローの登場を待ち望んでいるように思われる。

いねーし
生まれねーし

タモリが東京で芸能人になるときに、赤塚不二夫がタモリに小遣いを渡してただただ豪遊させてたというエピソードがあるが、イノベーターを生むだけの投資家の気質ってきっとそんなで、そんな土壌ってこの国あったかなあと思っている。永谷園が社員に世界中ぶらぶら旅行させて食を研究してこいってやった話も好きだ。

生まれない
ヒーローはいない

同じ文脈で言うなれば、ドラマはない。
「人生を変えるような偶然の展開」なんてものを愚かにも口開けて待っていた時期があった。今にして思うのは金に対してアプローチしていたやつが金持ちになって、才能に対してアプローチしていたやつが才能を評価されて、愛の才能があるやつが愛を獲得するという必然性しかなくて、それはドラマでもなんでもない。瓢箪から駒なんて出ないし、出るとしても期待するもんじゃない。

そう考えると、ヒーローもいなければドラマもない点で現実の現実味ってマジでシビアだ。
ただ、このリアリティが面白いのかもしれない、と面白がっている。

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  • 20:37 |

夏休み

  • 2021年07月24日
忙しくしていた、ら、もう7月下旬。
「うまくいっていない忙しさ」と「望ましい忙しさ」の2つがあって、それでいうと前者寄りだ。
このワークスタイルでのやり方の限界がきていて、「仕事の仕方」を再検証する局面だ。
8月の決算でうまいことスイッチできたらいい。



コロナを経たこれからの社会にどういうことが起こるか、ということを考える。

1、クリエイティブ層とオペレーティブ層の所得格差が顕著になる。

「エンジニアになってフリーランスデビュー」みたいな広告をよく見かけるようになったが、エンジニアになっても稼げない人は稼げない。思うに社会人の能力には3つのレイヤーがある。

A 言われたタスクに対処できる
B 事業のために自走できる
C 0から1を創れる

Cの人材を生み出そうとどの企業も躍起になっているが、こんなもんカリキュラムで育成するのが甚だ無理だ。Cの人材はそもそも教育を受けるのが苦手な突然変異で、育成するためにはせめて小学校の教育から見直す必要がある。とはいえ、Bの能力があればそこそこの収入になる。自分は0から1を作るのつくづく不得手だなーと、栄之進を見ていると痛感するけれどせめて2を3にする役割にいたい。
「言われたタスクを処理できない」ある種の弱者が置いてけぼりになる、それくらい余裕のない時代が来るのかと思うとハラハラする。

2、頭の硬い人が生きづらくなる。

パワハラや性差別、多様性への不寛容は批判の的になる。面白いもので「俺はちゃんと理解しているぜ」という人ほど陥っている。聞く耳を持たない人はどんどん取り残されて孤立する。
コロナに対して、ワクチンに対して、オリンピックに対してのスタンスを問われるその都度分断が起こるけれど、大事なことは対岸の人を弾劾せずに折り合いをつける能力だ。俺の嫌いな「べき」という言葉はどんどん弱体化していくのではないかと踏んでいる。白と黒をつける能力よりも灰色を見つける能力が価値だ。そのためには「老いも若きも多弁であれ」東京事変が歌っているように、多弁にならざるをえないのかもしれない。

3、体験と判断の価値が大きくなる

90年代の情報の価値は大きかった。メディアはどこも大儲けしていた。
30年経った今情報それ自体に価値はなく、情報の処理能力が誰しもに問われている。
情報処理能力は何を以って培われるかといえば「情報量」だ。10を知っている人間より100を知っている人間のほうが処理精度は高い。つまり情報量(教養)がより尊ばれる世の中になると思う。そして、体験がもたらす情報量は書籍よりも大きく、判断の精度は豊富な人生経験に基づく。そして「価値のある体験」すなわち「感動」なのだと思う。
感動の数だけ人生に価値がつく。これはコロナ以前も同じことだけど。



もちろんコロナは望ましくない厄災だ。
ただ色々な構造の矛盾が浮き彫りになったり。いくつかが最適化されたことは価値だと思いたい。
問題だらけの世界と国家だけれど、この現在はつまり先人の描いた未来で、自分と家族の分のスペースくらいは塗りつぶされないよう確保したい。結局「この疫病から何を学ぶか、この絶望でなにを描くか」しかない。その獲得や創出が先に述べたこれからの価値の指標だ。




休まないけど夏休みだ。縁側で昼間からビール飲んで将棋さしたいな。
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  • 04:57 |

棒に当たる

  • 2021年03月16日
東京に引っ越した。何度目かの上京。帰京というべきか。
何度目かのよろしく。

引越した中野はとにかく利便性がやばい。これまで新宿に行って帰ってすると3時間かかっていたのが往復30分で済む。徒歩でも行ける。そして外食の選択肢が多い。あろうことか徒歩2分の場所にスーパーも新設された。家賃は高くなり部屋も狭くなったが、時間ならしこたま買えそう。

犬も歩けば棒に当たるという諺が好きだ。
動いてみたら何かが起こると思っている。
東京出たら何か起こるだろ、と思ってた矢先に栄之進から「うち(株式会社スペースノイドカンパニー)に入らねー?」というお声がかかった。ちょうど38歳の誕生日の深夜。

そのお誘いの導入は「ここでお前にワンパン食らわせたいんだけど...」だ。
なんだそりゃ
だけどその「なんだそりゃ」がなんかなのだと思ったので迷うことなく応じた。

何度目かの合流。帰郷というほど後ろ向きじゃないか。
何度目かのよろしく。
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  • 07:01 |

転調

  • 2021年02月24日
3年半住んだ南柏から引越し。

入居した当時「辺鄙な街に来てしまったなあ」という印象を多少覚えたものの、渋谷まで片道1時間半、往復3時間の電車にはすぐに慣れ、充実した読書時間や将棋時間になった。

休日の夕景が好きだった。
紫に群青にグラデーションする空がとても広くて、上等な風呂敷に生活がくるまれているようだった。

いつものデブ柴とすれ違うとうれしくなる。
静かな夜の晩酌はささやかな贅沢。
新婚の生活設計をするには十分な物件で、隣の部屋が売りに出された時は「購入」の2文字がよぎった。この家でこのまま老いていくのは、それはそれで一つのしあわせなんだろうな。
それくらいいい街のいい物件だった。

そんな安寧を、理由もなく一旦手放してみる。
なんかおもしれーことにならねーかな、と。
コロナ禍の自粛生活でディフェンシブになった分攻めたいから。
まだまだやりたいこともいっぱいあるから。
つまり「なんとなく」。
そろそろ転調させねーと旋律もだれる、そんな感じ。

次は中野(サブカルの魔都)に引っ越し。
大概の街は住めば都で、そうならないとしたら自分の生活設計能力の問題だと思う。向上心さえあれば大丈夫なはず。

仲良くなってくれた友人諸氏はまた会いましょう!
実は多忙で挨拶回りできないんです。来月改めて伺います。

中年になっても春はなんかどきどきする。
いい歳こいてもそんなんでいいと思う。

sky
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  • 06:06 |
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Tatsuo Okazaki

「いい会社」elegirlという会社を経営しています。主たる事業は広告ですが、音楽事業 elegirl labelや演劇制作など、気ままに色々やってます。プロフィール詳細はこちら。デザイナー、DJとしての活動概要はこちら


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