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ゆるく、ゆるーくありたいものです

合同会社elegirl代表、岡崎龍夫です。
大学生だった2004年から20年以上つけている思索の記録です。
未来の自分に手紙を書くつもりで書き溜めているため、それほど一般性はありません。

仕事で宇都宮行ってきた。
餃子を食うことはできず、正直あんまり刺激的な街と感じることはなかったけど、夜のバーカルチャーには興味がある。良い店もあったし良いカンパイもあった。
 
撮影案件の前に県庁前を撮った。

宇都宮県庁前


宇都宮県庁前


宇都宮県庁前


宇都宮県庁前


宇都宮県庁前


宇都宮県庁前


とにかく今は撮影を仕事にするために奔走していて、この感覚は楽しい。

仕事で午前中から鶯谷を撮り歩いた。

カメラを始めてから、単焦点レンズという存在を知り「なにこれ面白え」ってなってたが、今日のタスクは単焦点じゃ行けなさそうと気づいたのは前日のことだった。
そもそも広角が求められる街の風景撮影で、我が家のCanon機の単焦点は50mmまでの広角しかない。そこで眠らせているズームレンズの存在を思い出した。
「これなら広角撮影もいけるかも!」
そう思った当日、ズームレンズで正解だったと思う。
やってみてわかったのが、その場の思いつきとフットワークを求められる。
もちろんセオリーがあるのだろうが、数を撮ってからセオリーを知って、セオリーを知ってから数をとるという繰り返しのファーストステップなのだ。
とにかく体当たりでぶつかるしかない。単焦点とズームレンズの違いは頭ではわかってるけど、体感で理解してかないとだ。何事も。

街撮り、面白い。
添削があればなおのこと。
魅力がありそうなスポットを魅力的に撮る。
そのためにいろんなアプローチがある。

普段何気なく消費している写真が実に設計されたものだということがちょっとはわかった。
つまり設計力だ。デザインと同じく、他のあらゆる仕事と同じく、設計力で仕事になる業界だ。

写真は、今日唯一使った単焦点の写真。

LE0A1103

最近になってカメラを始めた。
理由としては撮影案件を請けられるくらいになりたいというのがひとつ。
もうひとつは楽しそうだから。
トイカメラブームのときにビレバンで買った奴はどこかに行ってしまった。
あれはあれで面白かった。

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右) Canon EOS kiss Digital X
発売2006年 / 有効画素数:1,010万。

実は4年前くらいに購入して放置していたカメラ。
当時からコスパがいいカメラだったらしい、中古で15,000円前後だった。
ズームレンズがついてきたのだがどうも思ってた感じに取れないということで投げ出していた。
思っていた感じというのは今回単焦点レンズを購入することとF値とISO感度とシャッタースピードのことを知ったことで解消できた。

左) Panasonic LUMIX DMC-GH1
発売2009年 / 有効画素数:1,210万

2年前に譲り受けたもの。こちらも15,000円前後だった。
自分は3人目の持ち主であるらしく、最初の持ち主は「カメラに興味があるんならこれ15000円で譲りますよ。最初の一歩にはちょうどいいよ」と2人目に譲った。2人目はこのカメラをきっかけに写真を練習し、もう別のカメラを使うようになったので、同じ理由で引き継ぐ人を探していたときいた。
ミラーレスの軽さもあって、持ち歩きやすい。写真を習慣化させるには本当にいいかもしれない。

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Canon EOS 5D MarkII
発売2008年 / 有効画素数:約2110万

妻のマシン。今回購入。重厚なボディに迫力を感じる。
撮影したものも色合いが独特で深みがあるような気がする。
仕事として受ける場合基本的にはこのマシン(と妻)に活躍してもらうことになりそう。



今回の購入にあたって思ったことがある。
写真の敷居の高さだ。

1、イニシャルコスト

カメラ本体+レンズ+周辺機器が高い。
カメラ本体+レンズを安いので見繕っても50000円くらいする。普通に揃えたら100000円くらいかかる。
周辺機器を揃えようとするといよいよ沼だ。
しかし、キャンプとかもそうであるように何事も導入には金がかかるものなのかもしれない。

2、最初の1歩

いざ始めるとなったときにどのカメラを買うか?選定基準がわからない。
カメラを買ったら次はどのレンズ?という疑問がついてまわる。
この2つは本当に迷った。

今回は以下を購入
・LUMIX G 42.5mm / F1.7
・LUMIX G 25mm / F1.7
・Canon EF50mm F1.8 STM
・Canon EF100mm F2 USM

中国製ジェネリックレンズも買ってみたがすぐ壊れた。
安物買いの銭失いだ。

3、で、どう撮るの?

カメラとレンズを購入した後、じゃあどう取ればいいか。
設定がめちゃめちゃ多くてマジで混乱する。
どこをどう調節したらどういう写真が撮れるのかがわからない。


以上の3つが写真の敷居を高くしている。
それでも、偶然でもいい感じのものが撮れると嬉しいしもっとこだわりたいと思う。ここ数日、近所や都内を撮り歩いて、風景よりも人を撮るのが好きなようだと、なんとなく思った。

右も左もわからない状態から、
うすぼんやりと足元だけが見えた感じだ。
ここから先は学びと磨きを繰り返すだけだ。どうせなら長く付き合って行けたらと思う。
せっかく長く続けてるブログもあるわけだし、いいのが撮れたらここにアーカイブしていこうと思う。



いろいろ相談に乗ってくれているカメラマンの友人諸氏にはほんと感謝。ありがとう!

大切なことほど、言葉にすると陳腐になる。
父は気に入った金言を家の壁にベタベタと貼っていくタイプの人間だったが、どんな名言も貼り出すと陳腐になるし、蛍光ペンでマーキングすると安くなる。自分の人生に影響をくれたような強い言葉の多くは、決して極太明朝体で書かれたものではなく、向こうがポツリと言ったしずくのような言葉だったと思う。

けれど、もどかしいことに大切な言葉は書き留めたい。
インターネットに書くと陳腐になるから、本当にそこには書くべきではない。
結果今日も大切なことの輪郭のような文章を書くことで、大切なことの価値を維持しようとしている。

浅ましい日記だ。



コロナ以前もコロナ以降も、幸福について常日頃考えている。
戦争なんて誰だってなくしたいけど、じゃあ戦争をなくすために戦争をしようという考え方と反対派でいつも分かれる。誰だって愛の尊さは知っているけれど、こちらの愛の形とあちらの愛の形が違うからケンカする。ジョン・レノンは啓蒙者だけど仲直りできなかった奴でもある。
そんな風に、解釈によって背反する要素が世界中にある上に、自由と無法を混同する奴らや、利己と利他を履き違える奴らや、手段と目的を間違える奴らが超いっぱいいて、全部をひっくるめて伝導できる思想の創出なんて無理なんじゃないかと思う。

だから、まず無理だというところから始めるべきなんだと思う。
人と人は分かり合えない。俺とお前が混ざり合うことはない。
40%の人は自分と思想が相容れないし、40%は議論する近さを持たない。
いろいろがマッチする残り20%の人たちは尊いがその中にい続けると哲学が腐る
だから「こいつわかんねー、でもなしじゃない」みたいな部分はなるべく大事にできたらいいと思う。
玉ねぎもピーマンもそうやって克服してきた。
実際、実害がなきゃいいでしょ。筋さえ通ってれば多少の差異は許容できるでしょ。
選挙で変な政党に入れてようが、変な性癖をもってようが、第三者に迷惑かけて平然としてるような奴じゃなきゃそれでいいでしょ。
いろんな意見が飛び交うコロナ禍のなかで、そんなことを考えてる。

妻と付き合う前、最初のデートで昼ごはんどこに行こうかという話になった。
たまたま「太陽のトマト麺」が目に入ったので提案すると食べたことがないという。注文して初めてトマト麺を食べた時に眼がキラキラキラッと音を立てて光沢を放った。
美味しい時にこんなに美味しそうな顔する人いるんだな、ということに驚いた。
義姉に聞くと小さい頃からそうだという。家族で外食行った時に美味しさに感動しっぱなしだったという。思えば、ここ数年食べ歩いてばかりだ。

現在コロナ禍で思うように外食に行けない代わりに通販食材を手配するようになった。
擬似外食という感じだ。ここ数ヶ月で定番化した通販食材は以下。

1、ぬちぐすいのソーキソバ

https://wagyuokinawa.thebase.in/items/28777421

友人が店長を務める沖縄居酒屋のソーキそば。
レモンを入れるのは自分なりのアレンジだが、非常に美味しい。




2、AFURIのラーメンとつけ麺

https://shop.afuri.com/

昔から好きなAFURI。女性にもおすすめできるラーメンと言えばここ。
お取り寄せして原材料の欄を見て驚いた。スープの材料多いな!その原材料の多さは美味しさの設計精度と言えるはずだ。



3、ヤガちゃんキムチのカレー

驚きのキムチカレー。
カレーにキムチをトッピングするわけではなく、キムチと一緒に煮込んだであろうキムチカレー。
新感覚の激ウマ。これはいろんな人に勧めたい。

https://www.chanja.co.jp/


最近の楽しみはここら辺。
こんなご時世の食卓でもキラキラキラッと音がする光沢があって、そんな時はきっと俺も面白い顔になってる。

3月の頭から自粛めな生活が始まり、5月から妻もリモートワークになった。
都合5ヶ月、非アクティブな生活をしている。やっていることといえば、仕事、パスタ作り、将棋がメインだ。こんな状況下でも案件がちゃんとあることにはありがたさしかない。

ロックダウン解除してこのまま収束して行くのかと思えば最近は感染者数も超増えた。笑えない。いや笑ってしまうしかないのか。この感染者数においてGoToキャンペーンとかやる政府も問題だが、そもそものPCR検査の精度が疑わしい点もあって、これこそ混沌と呼ぶにふさわしい世の中だ。
怒りと悲しみは情報の速度と量が増加しただけ大きくなり、目くじら立ち疲れた。

皆目見当がつかない世界の行末を、なるべく冷静に見つめていたいと思うけれど、どこかで何かを動かさないといずれ食いっぱぐれるんじゃないかと気が気でない。

パスタ作りが上達していく。
将棋も上達していく。

将棋。去年ハマってから一年が過ぎた。
好きな戦型は四間飛車美濃・ゴキゲン中飛車・腰掛け銀・パックマン戦法。
オンラインじゃなく指したいな。オンラインでも酒飲みながら喋りながら指したい。

最近は仕事の効率も上がってきている気がする。
そういえば向上心ギアはある程度高く持てている気もする。この感じはなくさないでおこう。

忙しくしてたら6月が終わった。忙しいのはありがたいことだ。文句言いたいことは山積みだけど文句言わずにやる。本当は文句言ってる、いや、文句と議論は違うか。
テレビがリモートとソーシャルディスタンスで全然面白くなくなったのに、放送をしなくちゃいけない宿命で放送が続く点で痛々しい。タレントが次々YouTubeに参入していく中で、テレビと同じ考え方で参入していく感じが痛々しい。芸能界ってそんなビジネス偏差値高くねーんだな、って印象。気の毒ではあるし応援はしてる。どうしても大学4年でテレビ局に採用決まって「人生勝ち組」って顔してた奴のいけ好かない顔がチラつくけど、応援はしてる。

結局このご時世に生き残るのはビジネス偏差値で、芸能だろうが飲食だろうがどの業界でもそこが問われてる。頭使った奴が生き残れる。でもそれはコロナ云々は関係なく、平常時でもそうだろうと思った。

PR TIMESとか見ながら、このタイミングで新規事業に漕ぎ出す勇気を尊敬する。好きな言葉の一つに「起業は不況にしろ」というのがある。好景気でスタートする起業は景気の衰退と同時に早く終わるので本当の経済価値を作りたければ不況時がベストという話だ。言い得て妙だ。今こそ投資する時期だ。金持ってるやつは誰かのアイデアに投資、時間持ってる奴は勉強に投資。
そういう判断をできた奴がアフターコロナ後に楽しく生きられるんじゃないかと思う。
この時期に立ち上がったスタートアップには注目しておこう。

そういえば先日クックパッド株を30000円買ったら37000円になった。
結構熱い勝ち。やったぁ!これくらいの勝ちは身の丈に合ってると思う。
遊びも仕事も身の丈にあってなんぼだ。

そんな俺が今勉強しているのはパスタです。
ひたすらパスタ作った結果以下のようなレパートリーができました。
・ペペロンチーノ
・アラビアータ
・ボロネーゼ
・クリームソース
・ジェノベーゼ

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ここら辺はちゃんと作れるようになった。特にペペロンチーノは安価な食材でも作れるから「絶望のパスタ」と呼ばれている点が好きだ。絶望した状況でも美味しい美味しいと皿舐めて言ってたい。
そんな、最低限の充実を担保するような、ぺぺローンチーノみたいなスキルを取り揃えておこうと思う。

都内に出かける。

東京はにぎわいを取り戻しつつある。
自分の仕事もいろいろな展開が起こりつつある。
粛々と学ぼう。学んで磨こう。

近所に、親子で経営しているバーがある。
息子さんの作るご飯はものすごく美味しいし、お父さんの作るお酒も美味しい。
その店にいった。久しぶりだった。
日常は、うれしいというか、なんというか、
そうだ「ありがたい」

痛みを覚えて、それを忘れながらまたそんなありがたい日常に戻るのだろうか。
粛々と学ぼう。学んで磨こう。

コロナの影響でちょっと楽しみにしていたイベントというか予定がぽしゃった。
次計画できるとしたら数年後か。気持ちが落ちた。
損失出てないだけましだ。何より健康を維持できていることが尊いんだ、
と言い聞かせてみるものの、大きく振りかぶってファックユーをウイルスに投げつけたい気持ちだ。

「しゃーない」と言ってみた。
「しゃーないしゃーない」とブツクサ言いながらヤケクソで酒を飲んで、深夜にパスタを茹でた。酔っ払って計量する気も起きず、適当につくったら塩加減を完全に間違えた。

また「しゃーない」と言ってみた。
塩辛かった。

マスクは効果があるのか?
PCR検査数は増やすべきか?
封鎖はいつまで実施すべきか?
そもそもするべきだったのか?
保障が十分でない政治は悪か?
アーティストは、もしくはその業界は何をすべきか?
検察庁定年延長は適正か隠蔽か?
風俗嬢の増加を望む発言を許せるか?
陽性反応があるのに奔放な行動をとった人間を許せるか?
学校は9月始業式にするべきか?

議論すべき項目が大量にあって、これらをまともにやるだけで仲悪くなるには十分。

思考放棄と思考停止を嫌悪している。
「俺には難しいことわかんね」ってポイする気持ちがクソみたいな社会を生むし、与党支持であれ野党支持であれ反対派の意見に聞く耳を持たなければこれも結局クソみたいな社会を生む。そのスタンスを「自分を信じている」とは言わない。

歩み寄るというのは非常に美しい言葉だけど、歩み寄りかたというのはなかなか身につかない。それを身につけるのは数学なんじゃないかと思う。個々人の獲得の最大値はどこにあるか?という計算をすると大概痛みを伴いながら歩み寄ることが最適解だったりする。

白黒を決めるよりグレーを決めるために議論があるのだと知るべきだ。そのためには哲学のような答えのない問いを殴り続けることも必要だ。

数学と哲学だな。今回のコロナ禍の中でゲーム理論の応用に興味が湧いている。
いま読んでいる本が終わったらトライする。

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