electrongirl

ゆるく、ゆるーくありたいものです

合同会社elegirl代表、岡崎龍夫です。
大学生だった2004年から20年以上つけている思索の記録です。
未来の自分に手紙を書くつもりで書き溜めているため、それほど一般性はありません。

2013年05月

梅雨入りのようすでいやなかんじに湿度がまとわりつく。

ほんとうに実のある一年が経って、いまはすこしはらはらしていて、最近はあまり音楽も聴けない。
時間があってもゆっくりする方式がよくわからないまま、ただそわそわしているだけで時間が過ぎている気がする。この半年があっという間に過ぎたせいか、すこし疲れていて、もうすこしだからへばるなという気持ちもある。
逸るな、という気持ちもある。ちょうどいい歩調をキープできないで疲れているなら少し落ち着けよ。
自分に言い聞かせる言葉が多すぎて飽和している。

いつのまにか冬も春も終わってこんな季節だ。
梅雨のあけたあとに、期待や希望もある故に、ことさらに疎ましい雨だ。
止まない雨はないということと、この湿度が快か不快かは本質的に問題が違う気がする。
Everythings ganna be alright と分かっているならナーバスになる必要はないのだろうか。

こんなんでも小器用に生きてるように見えるのか、余裕こいている様相を保てているのか。
ぎりぎりだよぎりぎり。手の震えを圧して、発汗をぬぐって、呼吸を殺して毎日生きてるしいままでもこれからもそうだ。小器用なものか。

「今どんな気持ち?」って毎日空欄が訊いてくるけどバカヤロー
簡単に答えられるかよ。「今どんな気持ち?」って毎日その回答の羅列を見てるけど、
そんなんで他人様の気持ちがわかるものなのか。
気持ちを伝えるのは、簡単なのか難しいのか。
気持ちが伝わるのは、簡単なのか難しいのか。どんな表現が有効なのか。
Everythings ganna be alright と分かっているならナーバスになる必要はないのだろうか。

こころは澄んでいればいるほどかんたんににごるきがする。それはしかたがない。
にごったらろ過して、蒸留して、また澄めばいいんだけど、うまいこと澄んだままを保てないものか。
Everythings ganna be alright と分かっているならナーバスになる必要はないのだろうか。

まあ、今日は天気がいいから蒸留。



シナトラ

惑星の回転は、惑星の住人の思いの燃焼をエネルギーとしているものであって、だからこそ地球のそれはちょうどいいスピードに保たれているんじゃねーのかという空説はどうだろう。東京の夜は、星の呼吸とか夜の手触りとか土地の鼓動とかわかりずらいので、たまには惑星を感じるために山奥にキャンプとかして、星とか虫とか見たい。カマキリや風の凪ぐ音やあらゆる光が同じ粒子の構成でできているということを、たまには思い出していたい。科学は、あらゆるものが美しいシステムと法則を保有していることを導いている。完璧な方程式とメカニズムで花が咲いて枯れたり、使命を終えたいきものが死んだりすると説いている。芸術はそれをカジュアルに直感的に投げかける。なにかに心をうたれるとき、自分やその他が生きていることを思い出すことができる。world is beautiful.world is wonderful.and world is miracle.そんな言葉を腹から、これから何度だって吐き出したい。色んなところに行って、色んな奴にあって、色んなことを識ろう。人の何倍ものお金を得ることはあんまりぴんとこないんだけど、人の何倍もの感動を得ることには貪欲に執着してもいいな。もうじき旅の時間です。思いっきりやろう。思いっきりだ。

***

先日、先進国無能会議に参加してきました。

先進国首脳会議を受けて「世界中からエラい(と言われている)人たちが集まって会議をしているのに、何もいいことがきまらないぞ!」と感じ、立ち上がった各国の無能の中に同席することができて本当に光栄です。

人生の目的は、『自分の人生の目的』をさがすことである。自分ひとりの目的、世界中の誰ともちがう自分だけの『生きる意味』を見出すことである。変な言い方だが、『自分の人生の目的を見つけるのが、人生の目的である』といってもいい。私はそう思う。
— 五木寛之『人生の目的』


wikiにこんな言葉が載っていた。

こうあればいいのに、という理想を、ずっと追いかけたいなと思う。

2011年の秋に会社を辞めた時に、まじで次の一歩が分かんなかった。
「これがやりたい」というものもなく転職することもできたはずだけれど、それはしなかった。

震災と原発問題はやっぱり大きなきっかけだった。各地でデモや署名活動が起きて、原発の賛否が問われる中で日本のスタンスは「聞く耳を持たない」というところに終始した。そのほかにも色々あった。なんでみんなこんなに勉強してこんなに仕事してんのに、こんな自殺率高いの?報われてないじゃん、ってとこ。
そことの折り合いがつかないまま転職する気分にはならなかった。

理想は、追いかけていい。
これは、ベルリンで得たインスピレーションの中で一番大切なことだったと思う。

こうあればいいのに、と思いながら、
それに向かうために足掻かないままで、なんとなく違和感を飲み込んで、愚痴って、解決した気になってをし続けて、死んだ時お棺の中で泣くのはバカとしかいいようがない。
どうせなら「やりきったー」っつってストレスフリーで気持ちよく死にたい。

日本に帰ってきてから、自分にとっての理想と言うのがどういうものかが涌くように浮かぶ。
もともと水は井底にあったんだとおもうけれど、ようやく釣瓶と桶を得たと言う感じだろうか。

夢なんていえば陳腐だけど、こうあればいいのにという理想がある。
日本は俺のそれからはどんどん外れた道を行こうとしていて、
西に行きたいのに東に向かう船に乗る道理はない。
幸いにして身軽なんだから、泳いだりもできる。

理想を追いかけて、追いかけること自体を仕事にして、生活にして、そういう人生がいい。
贅沢はほどほどにできりゃいいし、ちょっとやそっとじゃテンパんないくらい収入があればいい。
なんもかんがえないで日向ぼっこできる日が週に1日あればいい。
窓辺に花も置きたいし、紅茶やコーヒーもいいものを飲みたい。
猫なんかもいたらいい。
自分の生活の中に増えていく逐一に愛情をそそげる余裕を維持したい。

そんな人生がいいなと思っていて、憧れっていう段階じゃなくてそこへの途轍。

いま30になったとこ、全然遅くはねーな
最近、「もしだめだったら?」なんて愚問を誰かからもらったんだけど
「死なねー」ってだけだよ。だめだーってならないとみつからないことなんていっぱいあるよ。

ということで6月中にまた東京を離れる予定です。
練らなくちゃいけないこといっぱいで時間もないけど、門出っつうことで会ったら乾杯してください。





以前もあげたけど、もらん「マイホーム」

あせって はしって すべって けがして だらっとして いらっとして きづいてから あせっても だいじょうぶ だいじょうぶ だいじょうぶ だいじょうぶ マイホーム マイホーム マイホーム だいじょうぶ だいじょうぶ

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