最近は合理性ということに疑いを持っていて、例えば効率的に収益を生み出すビジネスがあって、それを生むシステムもまた合理的だったとしても、あんまりそこに魅力を感じない気がする。

ネット上の論争なんかは、そこの口げんかで、どちらが理にかなっているかを競っているように思える。
生み出すものの価値を、ロジックで説明できないと商材にはならないし、なんとなくが許される環境というのは生活の中にそこまで多くないように思う。

このまま社会が合理化していくのは不安だ。

表現なんていよいよ価値がみえづらくなる。つくりてがつくりたいからつくられるというのは、それ以上説明ができないくらい合理的な話だし、それで十分な価値をもつはずなのに、それを理解できない人たちはやたら相対的っぽい価値とか意味を求める。生産性とか、商業的規模とか。

クソかと。

そういうガッチガチのロジックに、憂き目を見させられた。理想主義者ほどそこで苦しむ。

現実を熟知する人生なんかより、奇跡を信じられる人生のほうが面白いよな。

リアルよりリアリテイ
リアルよりリアリテイ
リアルよりリアリテイ
リアルよりリアリテイ
リアル

そんなことを思いながら、舞台作品に関わっています。


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